「KIDS☆KIDS☆KISS」
エピソード1 〜傷〜
―――夏。
真っ青に突き抜ける空からは
嫌なほど光が照っている。
こんな暑さの下、俺は武成王府の台所にこもっていた。
子供達の昼飯を作るためだ。
いつも昼飯を作っているはずの賈氏と黄氏は、外出中。
なんでも、聞仲達への『御中元』を買いに行くとか何とか・・・「すみません、あなた。留守番してもらってもいいでしょうか・・・」
賈氏は、美しい眉をひそめる。
「あー、俺はかまわねぇぜ。俺なんてどーせ行ったってなんの役にも立たんだろ。」
俺はそう言うといつものように豪快に笑う。
賈氏は、俺の笑いを見てると元気が出てくるらしい。
自分で言っていた。
だから、それを聞いてから俺は、前以上に笑うようになった。
聞仲に変な目で見られるのが気にかかるが。
「お昼ゴハンまでには帰ってこれると思うけど」
黄氏が、俺をまっすぐな視線で見つめる。
こいつのクセだ。
話している相手の瞳を凝視する。
まあ、まっすぐな性格を表しているとも言えるけどな。
自分の顔に何か付いてるのか、と思ってしまう。
「いや、ゆっくり見てこいよ。昼飯は俺が作るから。」
おれは手を振って追い返すような仕草をする。
二人は、門の外に出て、ぺこりと俺におじぎした。
「じゃ、行って来ます」
美しい声を響かせて、朝歌の街に消えていく二人。
おれは、二人の背中をいつまでも見ていた。「とーさまー!」
ふいに、服の後を引っ張られる。
引っ張られたと言っても、ほんとうに、音も出ないほどだが。
今までぼーっとしてたぶん、驚きは倍だった。
「お、天禄、天化」
俺を見上げる小さな天使。
―――俺が口に出した通り、天化と天禄だ。
二人とも、タレた瞳をくりくりさせ、俺に問いかけてきた。
「かーさまと」
「おばしゃまは」
と兄弟で分担して言って、
「何処に行ったのー?」
最後はハモらせた。
「二人は、買い物に行ったぞ。」
そう言って俺は、二人を両肩に乗せた。
二人は、はしゃいでニコニコと笑った。
「とーさますごーい」
と天禄が言うと、
「しゅごーい」
と天化も真似をする。
「よし!ちょっち早いが、昼飯の支度でもするか」
俺は、両肩に乗った二人の顔を交互に見ながら言った。
「わぁい!ひるめしひるめしぃー」
「ひりゅめちー」んでハナシは始めに戻る。
天化と天禄は、台所にある椅子にちょこんと腰掛け、俺特製の杏仁豆腐を食べている。
椅子と言っても、ちびっ子が座るには十分すぎる大きさ。
だから、二人で1つの椅子に座っている。
俺から見るときゅうくつそうだが、二人は楽しそうにしている。
「とーさまのつくったおトウフはおいしいねっ」
天禄は天化に話しかける。
何度教えても、天禄は「杏仁豆腐」を「おトウフ」と言う。
そのことを賈氏と黄氏に言ったら、二人とも口をそろえて
「いいじゃないですか」
と言う。
「そのうち覚えますよ」
と付け加えて。
賈氏と黄氏らしいセリフだった。俺は、ラーメンを鍋に入れる。
「おトウフ」を食べ終わった天禄に、小皿とどんぶりを出すように言った。
天禄が皿を持ってきたのを横目で見てから、天化に「おトウフ」の皿をこっちに持ってくるように言う。
鍋のふたを閉め、「おトウフ」の汁が残った皿を下水道直通の管に流した。
そして、チンジャオロースに入れるピーマンを切る。―――その時。
「とーしゃまぁ。はりゃへったさぁ〜」
天化が、俺の服の裾を引っ張る。
さっき賈氏達が出かけた時に引っ張られた力とは、数倍上。
しかも、台所の天井が低いせいで、膝を曲げながらやっていたから、大きくバランスを崩した。
「ぉお!?」
天禄の足音が近づく。
「天化!!邪魔しちゃダメー!」
そして、服を力任せに引っ張る天化に、ひらりとかわされて俺の膝に頭突きをかます天禄。
「うわっ」
俺は小さく叫んだ。
手から包丁とピーマンが放れる。
「危なッ・・・」
しかし、遅かった。
そこからは、全て白黒のスローモーションに見えた。ピーマンが首を曲げた天禄の頭に落ち、制止する。
包丁が、天化の顔めがけて落ちる。
俺は、声にならない声をあげ、包丁を拾い上げようとした。
しかし、俺の脚は天禄の身体で支えられている。
でも、こればっかりは関係なかった。
生死に関わる。
俺は、天禄を脚にくっつけたまま、服を振り乱して天化を抱える。
天禄が妙に力を入れて踏ん張ったもんだから、俺はこけた。
それこそ勢い良く。「ぎゃあああああああああああッッッ!!!」
武成王府に轟く天禄と天化の泣き声。
天化の顔を見ると、右の頬から鼻を通って、左の頬へ、血が吹き出していた。
かすっただけらしいが、子供の顔が血塗れになっていくのは驚かないわけがない。
脚には天禄がしがみついている。
俺達3人は、台所に転がった。
「何事です!?武成王サマッ!!!」
天化と天禄の泣き声を聞きつけ、使用人達が走ってきた。
天化が血を流しているのをのを見て、使用人は驚いた。
「天化サマ!?」
使用人は救急箱を取ってきて、手当を始めた。
「天禄サマ・・・」
もうヒトリノ使用人が、天禄を抱き上げる。
天禄は、ちょっと額を打ったくらいなので、すぐに泣きやんだ。
俺は、立ち上がって、天化を見た。
絆創膏を鼻に貼った天化は、泣きやむことを知らなかった。
まあ、当たり前だろうが。