「雪色世界」
「天化にーさま!!!早く起きてよー!」
天祥の声と扉を開閉する音が、武成王府中に響く。
天祥が開けた扉は、天化の部屋の扉だった。
「にーさま、雪が降ってるよ!散歩にいこう!!!」
天祥は、承諾も無しに天化の部屋の中にズカズカと入っていった。
兄弟の特権というものだろう。
しかし、天化は、天祥の大声を一番近くで聞いたにも関わらず、寝台のなかで静かな寝息をたてていた。
「天化にーさまぁ、起きて!!」
天祥は、天化の寝る寝台をゆさゆさと音を立てて揺さぶる。
しかし、天化は一向に起きない。
「・・・ん・・・天しょ・・・もちっと寝かして・・・」
小さく呟き、寝返りを打つ天化。
「む〜・・・こうなったら・・・」
天祥は、そんな天化をブーたれながら見やり、天化のくるまる毛布に手を掛けた。
「それ!」
力任せに、毛布をひっぺがす。
「にーさま!・・・あ」
天祥は、取ったばかりの毛布をまた天化にかけ直した。
天化は寝間着の上を着ていなかった。
まあ、寝ている間に脱げたと言うのが本当だろうが。
ズボンいっちょで寝っころがっていたら、風邪をひいてしまう。
天祥は瞬間的にそれを思い立ち、かけ直したのだった。
そして、いそいでタンスから黒のカンフースーツを出し、天化の枕元に置いた。
「ほら、にーさま!着替え持ってきたよ!起きて〜ッ」
天祥は、再度寝台を揺らしながら叫ぶ。数分後。
天祥は、まだ天化を起こしていた。
ほんの数分間とはいえ、さすがに、大声で叫びながら寝台を揺らすのは、体力を使う。ああ・・・お腹空いちゃった・・・もー10時だもんね。にーさま、お腹空かないのかな・・・
天祥が、心の中で呟いたとき、頭の奥で何かがチカッと光った。
「あ、そうだ!」
天祥は、数時間前のことを思い出した。
さも「思い出しました」というように、天祥は胸の前で手を叩く。
「あんね、にーさま!!さっき、よーぜんさんが来たよ!!!」
天化は、寝ているか寝てないか分からない格好だったが、天祥は構わず続けた。
「にーさまに会いに来たようだけど、にーさま寝てたからさ。『まだ、寝てるよ』っていったら、桃まんを
おいて帰っていったよ。」ぐううう・・・きゅ〜・・・
天化の腹が、「桃まん」という言葉に反応した。
腹の音が鳴り終わるか終わらないかのうちに、はじかれたように寝台から飛び起きた。
「おはよう、天祥。桃まん、どこさ?」
天化は、バンダナを頭に巻きながら天祥に言う。
「台所だよ。はい、着替え♪」
にっこりと天祥は嬉しそうに微笑み、枕元に置いてあったカンフースーツを渡した。
「サンキュ」
天化は、そう言うとテキパキと着替えをすませた。
30秒ほどで終わり、天祥の手を握ってそそくさと部屋を後にした。階段を下りると、すぐに台所がある。
キィ・・・
と、音を立てて、台所の扉が天化の右手に押される。
天化と天祥は無言で入り、天化は桃まんの袋を開け、天祥は烏龍茶を煎れる。
楊ゼンが桃まんを持ってくる時は、いつも武成王府に二人で留守番をしているときなので、
お茶は分担することにしていた。
楊ゼンの持ってくる桃まんは、いつも赤いチャイナドレスのような柄の、派手な袋に入っている。
そして、決まって4つ入っている。
袋から取り出し、皿にのせる。
天祥も、急須から茶碗になれた手つきで烏龍茶を煎れる。
二人の母、賈氏特製の烏龍茶だ。天化は、袋の底に青い封筒が入っているのに気がついていた。
楊ゼンからの手紙だ。
桃まんと一緒に手紙が入っていることは、珍しいことではない。楊ゼンは、よく武成王府を訪れる。
もちろん天化に会うために。
しかし、以前、天化と楊ゼンが武成王の前で仲良く飲茶を楽しんでいたとき、
楊ゼンがあまりにも天化に馴れ馴れしくした為、清虚道徳真君と太乙真人の次くらいに
親ばかな武成王は
「俺の息子に手を出すな〜ッ!!!」
と叫び、ご愛用の鉄製の武器を振り回しながら、楊ゼンを武成王府から追い出したコトがあった。
それ以来、楊ゼンは、武成王が禁城に出勤した後に天化に会いに来るのだった。
時々、楊ゼンが太公望や、姫発、清虚道徳真君、普賢真人などに変わったりしたが、
桃まんを持ってくることは変わらなかった。
まあ、天化が桃まんを好物としていることを知っているからだろうが。
その中でも一番訪問回数が多いのは、楊ゼンに間違いない。天化は、桃まんを頬張りながら手紙を読んでいた。
天祥の座る位置からは、手紙の内容は見えないが、天化が時々、ぽっと頬を染めるコトから、
手紙の内容は容易に想像できた。多分、いつもの口説き文句かなんかだろう。
天化は、桃まんを食べ終えると、烏龍茶を一気に飲み干し、手紙をポケットに
無造作に突っ込んだ。
「天祥、散歩にいくさ。」
いつもの、口元にうっすらと勝ち誇ったような微笑みを見せながら、天化は天祥に言う。
天祥は、この微笑みが他の何より好きだった。
父や母、叔母の微笑みとは違う、安心出来る微笑みだった。
父の微笑みも安心出来る、頼れるような表情(かお)だが、いまいち父としての
威厳が有りすぎる。
母や叔母は、安心と言うよりも、優しさで包み込んでくれるような微笑みだった。
天祥は、「安心」というキモチを大切にしていたから、天化の微笑みが一番
好きなのだ。玄関の戸を開けると、外は白銀の世界だった。
庭の木々や季節の花々は、みな雪化粧し、母の肌以上に白かった。
それは、天祥が初めて見た、「母以上に真っ白いもの」だった。風が、ひゅうっと音を立てて通り過ぎる。
天祥は、天化と繋ぐ手に力を込めた。
雪はやんでいたが、風はやんでいなかった。
二人は、父のつけたと思われる足跡を辿っていった。門を出て、禁城の城下町を二人はゆっくり歩いていった。
どこもかしこも、白銀の世界。
見慣れた風景のはずなのに、違う街に迷い込んだような感覚だった。
空は、灰色。道は、真っ白。建物も草花も真っ白。
モノトーンの世界を、二人はゆっくり歩いていった。やがて、天祥がよく遊びに行く空き地に着いた。
そこは、何もない世界だった。白、白、白。ぜーんぶ真っ白。
土色の地面も、真っ白になっていた。
しかも、誰一人と、この地に足を踏み込んでいないようだ。
その証拠に、足跡が、1つもない。
「なんか・・・入るのがもったいないさね。」
天化が、静かに呟いた。
「うん」
天祥が、即座に応えた。
その空き地だけ、異世界の空気が流れているようだった。
天化と天祥は、この地を白いまま、残しておきたいと思っていた。
誰もが踏み込むのをためらう、小さな異世界を、残しておきたかった。
「あ、雪!」
天祥が、灰色の空を見上げた。
空から、広い小さな天使が舞い降りてきていた。
手に舞い降りても、ふっと消えてしまう。
「行こうか」
天化は天祥の手を引いて、そこを去ろうとした。
天祥は、名残惜しかった。もう少し、小さな雪色の世界を見つめていたかった。
そのときばうばうっ
上空から、犬の鳴き声が聞こえた。
天化がおもむろに上を見上げると、空には、哮天犬に乗った楊ゼンが浮かんでいた。
いつものにっこり顔で。
「こんにちは。天化くん、天祥くん。帰るのかい?」
まるで、今まで見ていましたというような口調で話しかけてきた。
「あー、今、帰るところさーっ!よーぜんさんはどこ行くさー?」
楊ゼンに届くように、普通に話す声よりも少し大きめの声で天化が応えた。
少なくとも、朝の天祥の「起きて」コールよりは小さな声だ。
「武成王府に行こうと思ってたんだよ。天化くんに会いにね。乗ってくかい?」
楊ゼンは、ひゅるひゅるとゆっくり降りてきた。
「ええ、三人も乗れるの?」
天祥は、なんだか自分が忘れられたように二人が話していたので、十分以上に聞こえる声で
楊ゼンに言った。
「別に、だいじょーぶだよー」
天祥に負けないくらいの大声で楊ゼンも応えた。
こんな小さな子に対抗意識を燃やすなんて。
天才・楊ゼンにも意外すぎる一面があるのだった。
「じゃ、お言葉に甘えちゃうさ♪」
天化が、降りてきた哮天犬にちょこんと乗った。
「あ、待ってよっ」
天祥も、天化の後に乗った。
哮天犬は、ゆっくり灰色の空に舞い上がっていく。
禁城も、庭まで見えた。
そして、遠くなっていく空き地も、地上で見るよりも美しく、3人と一匹の瞳に映った。
「キレーさね・・・」
天化が、蚊の鳴くような声で呟いた。
楊ゼンと天祥は、天化に比べたら月とスッポンだ、と心の中で呟いたが、口には出さなかった。ゆっくり、ゆっくり、遠ざかっていく雪色の世界。
そして、近づいていく武成王府。地上には、自分たちの歩いてきた道と、それを現す足跡が見えた。
まわりは、一面の銀世界。
いつまでも見つめていたいな、と天化は思ったが、いつかは消えてしまう天使達は、
一瞬の安らぎとして見るだけでいいんだ、と考え直し、武成王府に瞳(め)をやった。自分の帰るべき場所を、もう一度見つめた。
そんな天化を、楊ゼンと天祥は、笑顔で見つめていた。
天祥は、何となく、天化が急に「散歩に行こう」と言いだしたワケが解ったような気がした。
多分、天化は、楊ゼンに会いに行ったのだ。
推測、だけれども。
白い世界は、ヒトのキモチを見透かしたように、どこまでも続いる。
異国の風の中で。
_END_
東京、大雪警報発令記念小説。
久しぶりにこんな長いの書いたぜ・・・
ずっと、ポエムっぽいのの練習してたから・・・
いや、結局上手くなってないけど。
挿し絵は・・・時間がないので下書きだけ。
まー、ペン入れしてもどーせ下手なんだからさー。
ネットへの挿し絵のアップは無いと思ふ。
ふ。
ホントーはパスワードとプラベでもネタがあったんだけど、ね・・・
それは、また今度にしときましょう。そうそう、このネタが浮かんだとき、私は雪の中、隣町のコジマ電気まで
FDを買いに行きましたよ。
すんごい大雪。
都心だっちゅーの!ここ、世田谷よ!?山沿いじゃないヨ!!とか叫びながら。
いや、もちろん心の中でデスケド。
しかし!!コジマ電気にFDが無かった!!!
店員さんに聞けば良かったんだろーけど・・・(ぉ
なので、また隣町のツタヤに行って、やっとこFD10枚組を入手しました。
もー、つかりたぜい。んで、家に帰ってきてさっそくコレを書き始めたのですが〜・・・
半分くらい書いたところで、パソが固まってしまい、強制終了したので
データが吹っ飛んだ・・・のです。
まー、CDを聞きつつ、ファイルの圧縮をしつつ、電卓やらペイントやらいろいろろ同時に起動した
せいもあるんだろうけど・・・まー、そんなこんなで、色々な意味で手の掛かった
小説なのですよ、これは。
なので、その努力がにじみ出ていると良いなー、と思いますが、
自分でも読み返すのいやです、コレ。
永杉。いや、長すぎ。あー、もう、風呂入って寝よう。
2001/1/27 書き下ろし。(と言うのだろうか?